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学術選書

股倉からみる『ハムレット』

シェイクスピアと日本人

芦津 かおり 著

四六並製・342頁

ISBN: 9784814002863

発行年月: 2020/08

  • 本体: 2,000円(税込 2,200円
  • 在庫あり
 
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内容

明治期以降、西洋の文物が日本に流入するなかでシェイクスピア文学への関心も高まりをみせ、夏目漱石や志賀直哉など、代表的な近代作家たちが次々と悲劇『ハムレット』の翻案を執筆する。翻案とは、原作を新たな文脈にふさわしい形に書き直すことである。日本の文化にこの外国の「名作古典」がどのように浸透したのか、翻案作業の「現場」を浮かび上がらせ、日本と西洋との関係性、さらに異文化受容の本質の一端を明らかにする。

プロフィール

芦津かおり(あしづ かおり)

神戸大学人文学研究科教授(英米文学)。京都大学文学部卒業後、シェイクスピア・インスティテュート(バーミンガム大学)、京都大学大学院文学研究科修士、博士課程(英語学英米文学専攻)にて学ぶ。その後、日本学術振興会特別研究員、オックスフォード大学リサーチ・アソシエイト、大谷大学を経て2010年より神戸大学に勤務。

主な論文・翻訳
“Kurosawa’s Hamlet?”, Shakespeare Studies, Vol.33 (1998). “Grave Relation---Hamlet, Jyuran Hisao’s ‘Hamuretto’, the Emperor and the War”, Cahiers Élisabéthains 87 (2015).「『ハムレット』受容史を書き換える―堤春恵と二十世紀末の日本」、日本シェイクスピア協会編『甦るシェイクスピア―没後四〇〇周年記念論集』(研究社、2016年)、バーバラ・ピム『よくできた女』(みすず書房、2010年)、『幸せのグラス』(みすず書房、2015年)

目次

はじめに 日本と〈異文化〉

序 論
1 翻案について
外国文学の受容—「翻案」という形
人はなぜ翻案を作るのか?
翻案にやどる逆説
翻案をめぐるいくつかの補足
2 シェイクスピアとその受容
ウィリアム・シェイクスピア
イギリスの「国民的作家」・文化的アイコンとしてのシェイクスピア
さまざまな地域・国のシェイクスピア
3 日本とシェイクスピア
西洋文学・シェイクスピア・『ハムレット』信仰
シェイクスピア・『ハムレット』に対するアンビバレントな姿勢
「猫」のすすめ
股倉からの景色—『ハムレット』・異文化

第I部 近代作家と『ハムレット』

第1章 漱石の「股のぞき」
夏目漱石とシェイクスピア・『ハムレット』
『草枕』から『猫』へ
1 第一の〈溺死〉
藤村操の投身自殺と漱石
藤村=日本のハムレット王子?
『猫』におけるハムレット的モチーフ
2 第二の〈溺死〉
「吾輩」は溺れる
女性の安らかな水死
互いを照らしあう二つの死
男の厭世から女の安楽へ
おわりに

第2章 「あの狂言の攻撃をやらう」—志賀直哉「クローディアスの日記」の創作的批評
志賀直哉と『ハムレット』の出会い
挑戦的なまなざし
1 第三幕第二場「劇中劇の場」の解釈
〈ネズミ〉は捕まるのか? 二つの演出法
二つの批評伝統
志賀の先見の明
帝劇公演の演出
グレッグと志賀の共通点
2 志賀のアンチ・ハムレット観
ハムレット嫌い
クローディアスに共感する視点
3 志賀のシェイクスピア受容の限界
シェイクスピアの視点主義
志賀の実感主義と自己肯定
未完の「ハムレットの日記」
志賀の誤読
おわりに

第3章 「妾にはどうしても言ひたい事がある」—小林秀雄「おふえりや遺文」における言葉と『ハムレット』批評
はじめに
1 おふえりやのこだわりと小林の言語観
おふえりやの自意識
小林の言語観
2 『ハムレット』の世界における言葉のあり方
オフィーリアと言葉の桎梏
狂気と言語的自由
言葉の海を泳ぎまわるハムレット
ハムレットと独白
3 おふえりやの訴えと創作的批評としての「遺文」
おふえりやの告発
言語的抑圧の内面化
おふえりやの洞察力と批判眼
おわりに

第II部 第二次世界大戦と『ハムレット』翻案

第4章 太宰治の『新ハムレット』と大岡昇平の『ハムレット日記』
はじめに
1 戦争との関わり
太宰「戦争を知らぬ人は、戦争を書くな」
大岡「戦争にいかなかったら何も書かなかったろう」
2 翻案化のプロセス
太宰—私小説としての『新ハムレット』
ハムレット王子の「甘え」
個人的・家庭的側面の前景化
同時代批判・戦争批判?
大岡—政治・社会の前景化
マキャベリストとしてのハムレット
太宰への反発?
3 西洋・シェイクスピアとの関係
太宰にとっての『ハムレット』とシェイクスピア
大岡と西洋文学
4 『ハムレット』批評としての意義
大岡—政治的まなざしとその先進性
太宰—パロディによる諷刺
コミカルに戯画化される王子
ハムレット崇拝の伝統に対する批判
日本的な文脈
おわりに

第5章 久生十蘭「ハムレット」—政治的アレゴリーを読み解く
はじめに
1 二つの作品とその時代背景
久生十蘭について
「刺客」(一九三八年)
「ハムレット」(一九四六年)
「刺客」から「ハムレット」へ—書き換えの背景
補助線としての『だいこん』
2 書き換えの手法
時代や場所の変更
物語形態の変更と語り手の信頼性の補強
小松をめぐる改変
3 最終部の書き換え
生き埋めと再生
墓のモチーフ
責任の所在
久生と西洋・『ハムレット』
おわりに

第III部 グローバル時代と東西文化の融合

第6章 仮名垣魯文と織田紘二の『葉武列土倭錦絵』をめぐって—〈文化融合〉の背後にあるもの
はじめに—二つの「受け皿」
三つのシェイクスピア
「原作」と「初舞台」
1 仮名垣魯文の『倭錦絵』
仮名垣と文明開化
演劇改良運動と仮名垣
2 織田の『倭錦絵』
書き換えにおけるシェイクスピア回帰
視覚的効果優先の傾向
二十世紀末日本におけるシェイクスピアと『ハムレット』
おわりに

第7章 宗片邦義の『英語能ハムレット』—「生死はもはや問題ではない」
能とシェイクスピア
二十一世紀の試み
1 シェイクスピアと能の融合
シェイクスピアと謡
段階的な試みと「決定版」
二つの「正統性」の対立と融合
テキストの重層性
分かりやすさと継続性
2 劇の再解釈
ハムレットの変容
宗片の解釈
能における死者
「悟り」の結晶化
ブライスの教えと禅
崇拝と不遜
3 二十世紀終盤と『ハムレット』
改変された一行の象徴的な意味
おわりに

第8章 『ハムレット』受容史を書き換える—堤春恵と二十世紀末の日本
はじめに
1 堤春恵と「虚実ない交ぜ」のスタイル
「日本初」の『ハムレット』上演
受容史の「書き換え」
2 日本の『ハムレット』受容史へのまなざし
受容初期を振り返る
第四独白をめぐる二つの反応
「侍ハムレット」?
3 堤の「書き換え」と批評的まなざし
実を結ばなかった歌舞伎界の尽力
伝統の「書き換え」
二十世紀末の日本に向けられる批判
カルチャー・ショックとしての演劇体験
相対化される二十世紀末日本のシェイクスピアと『ハムレット』
観客の笑いの矛先にあるもの

結論にかえて
「股倉から見る」ということ
日本の『ハムレット』翻案文学の系譜
補足

初出一覧
あとがき
文献リスト
索引(人名/事項)
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